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R&D · 牽引シミュレーション
R&D 008 · Robotics · Towing Simulation

重量物の牽引を、
シミュレーションで確かめる。

危ないことほど、現場より先に試しておきたい。1.5tを積んだハンドリフトをAGVで牽引したとき、どこに限界があるのか——NVIDIA Isaac Sim上で数値として確かめた記録です。

3Dスキャンした検証施設の中で、AGVが1.5t積載のハンドリフトを牽引して坂を登る様子
01 — Problem

1.5tが坂を滑り落ちたら、止められない。

安全に運用するには、先に限界を知っておく必要がある。

倉庫のハンドパレットトラックを、人ではなくAGVに引かせる。省人化の方向としては自然だ。

ただ、牽引は単独走行とは危険の質が違う。

引かれる側は自走しない。ブレーキも持たない。坂の途中でAGVのグリップが切れれば、1.5tの台車が下へ動き出す。カーブで勢いがつけば、台車のほうが外へ振られる。連結部には、車体重量の何倍もの力が繰り返しかかる。

事故が起きてから「想定より滑りやすかった」と判明しても、対策としては手遅れになる。

何度の坂まで登れるのか。どこでグリップを失うのか。濡れた路面ではどうなるのか。積載を増やしたら何が起きるのか。限界が分かっていれば、その手前で運用を設計できる。

02 — Barrier

しかし、検証環境を整えること自体が障壁になる。

限界を把握するには検証が必要になる。しかし実施にあたっては、いくつかの制約がある。

危険領域の検証ほど、実機では実施しにくい

グリップを失う条件を知りたいなら、実際に失わせるしかない。連結部の限界を知りたいなら、限界まで引くしかない。人員にも設備にも損傷の可能性がある検証を反復することは、現実的ではない。

検証用の実機を用意する負担が大きい

検証用のAGVを一台製作するだけでも、設計・調達・組立に相応の期間を要する。さらに「何kgの車体が適切か」を確認するために試作するにもかかわらず、試作には先に重量の決定が必要になる。検討の順序が循環してしまう。

検証用の実環境を用意する負担はさらに大きい

3度の勾配、6度の勾配、湿潤状態のアスファルト。検証のためだけに実際の斜路を造成することはできない。既存施設を長時間占有して試験を行うことも、通常は容認されにくい。

結果として十分な裏付けのないまま計画が進み、現場で問題が顕在化してから対処する形になりやすい。

03 — Approach

準備が課題なら、仮想空間に用意する。

実環境を3Dスキャンし、仮想空間に再現するイメージ図

NVIDIA Isaac Sim を使うと、この準備の壁を下げられる。

実環境は、3Dスキャンで持ち込む

施設を3Dスキャンし、点群からメッシュを起こしてデジタルツイン化する。図面がなくても、現況のまま取り込める。床の凹凸も、通路の幅も、壁やシャッターの位置も実測値のままだ。そこに任意の勾配のスロープを置いて、何度でも条件を変えられる。

実機は、仕様から組み立てる

車体重量、ホイールベース、車輪径、モーターのトルク特性。数値を与えれば、その通りに動く車体ができる。重量を変えて比較したければ、値を書き換えるだけでいい。

危険な検証を、何度でも回せる

滑り落ちても、横転しても、誰も怪我をしない。設備も壊れない。同じ条件を再現できるから、対策の効果も正確に比べられる。

ただし、これによって実機検証が不要になるわけではない。危険領域や条件の範囲を事前に見極め、実機で検証すべき項目を絞り込む。それがシミュレーションの担う役割であると位置づけている。

04 — Example

実例として、ハンドリフト牽引を検証した。

検証施設をスキャンした空間に3度のスロープを置き、2t対応ハンドリフトに1.5tを積んでAGVで牽引した。

AGV自重300kg
駆動モーター842 N·m/輪(最大トルク点)※4輪同一機種
ハンドリフト67kg(2t対応・実機カタログ値)
積載物1500 kg
路面屋外アスファルト想定(静摩擦 μ0.85)
勾配3度

ハンドリフトは実機の仕様書にもとづいてモデル化した。操舵輪は製品写真で確認した、中央1輪のダブルタイヤ構成(差動式)だ。

Video 01 — 3度の坂を登り、降りる
3度の坂を登坂するAGV牽引シミュレーションの動画サムネイル
画面左上の数値は後から付けた注釈ではない。計測した速度・トルク・牽引力・車体傾斜を、その場で焼き込んでいる。
牽引開始直後のAGVとハンドリフト(クリックで拡大)
発進直後
スロープ頂上付近に到達したAGVとハンドリフト(クリックで拡大)
頂上付近
05 — Findings

分かったのは、どこに限界があるかだった。

6度では登れない

同じ構成で勾配だけ変えると、6度では坂の中腹でグリップを失った。前後にずり落ちながら、横方向へも流れていく。

Video 02 — 6度で登れず、滑り落ちる
6度の坂でスリップするAGV牽引シミュレーションの動画サムネイル

本構成で対応できるのは3度までであり、6度の勾配を通過させるには別の条件設定が必要になる。運用可能な範囲を定量的に把握できる点が、この検証の意義である。

限界を決めていたのは、モーターではなく路面

出力の大きいモーターを採用すれば登坂できる、と想定しやすい。しかし結果は異なった。

モーターが出せる駆動力22.1kNと路面が伝えられる力2.5kNを比較したグラフ
モーター能力と路面グリップの比較

モーターが出せる駆動力は22.1kN。路面が伝えられる力は2.5kN。モーターには約9倍の余力があり、先に限界が来るのは路面側だった。

実際、トルク上限を下げた条件のほうが空転が減少し、登坂到達点は延びた。余力のあるモーターを搭載しても、路面が駆動力を伝達できなければ性能には反映されない。

連結部の高さが、挙動を大きく変えていた

牽引力は連結部を支点に車体を後ろへ倒す。このとき前輪の荷重が抜ける。

前軸の荷重抜け = 牽引力 × 連結部の高さ ÷ ホイールベース
連結部の高さと前軸荷重の残存率・最大ピッチ角の関係を示したグラフ
連結部の高さと走行性能の関係
連結部の高さ最大ピッチ角前軸荷重の残存
0.30 m3.03度58%
0.40 m3.03度45%
0.50 m4.43度13%
0.62 m6.00度0%

0.62mでは登坂中に前輪の荷重がゼロになる。4輪駆動が実質2輪駆動として走っている状態だ。

0.50mを境に悪化が急になることも見えた。どこから危険側に入るかが分かれば、その手前で設計できる。

必要な自重も、条件次第で変わった

連結部の高さを変えると、登坂できる最小自重も一緒に動いた。

連結部の高さと登坂に必要な最小自重の関係を示したグラフ
連結部の高さと、登坂に必要な自重
連結部の高さ登坂できる最小自重
0.30 m260 kg
0.40 m280 kg
0.50 m320 kg
0.62 m360 kg

10cm下げるごとに30〜40kg軽くできる計算になる。

ここで重要なのは軽量化の幅そのものではない。自重という単独で決定できそうに見える値が、他の設計値に従属して変動するという関係性のほうである。

この関係を試作後に把握した場合、設計のやり直しが生じる。

台車が蛇行する原因も特定できた

登坂中、引かれる台車が左右に振れた。原因の候補は5つあった。キャスターの首振り。連結部がヨーを拘束しないこと。ダブルタイヤの差動。積載物の横滑り。AGV側の接地差。

全部を同時に記録し、台車の横ズレとの相関を取った。

候補相関判定
AGVの横ズレ+0.838別要因(直進性)
台車のヨー角−0.836結果として発生
スイベル旋回角+0.517主因
積載物の横ズレ−0.835荷は追従のみ
左右タイヤの回転差+0.023無関係

真っ先に疑っていた差動は、ほぼ無相関だった。主因は坂に進入する瞬間のキャスターの首振りで、最大19度振れていた。

実機のキャスターは旋回軸に摩擦がある。それを再現したら蛇行は収まった。

蛇行対策の前後で、横ズレ振幅など4指標を比較したグラフ
蛇行対策の効果(対策前を100%とした相対値)

実機では「振れが生じる」という定性的な観察にとどまりやすい現象を、要因ごとに分解し、原因を特定できる。これはシミュレーションの明確な利点である。

06 — Limits

シミュレーションでできないこと。

適用範囲を正しく判断していただくため、限界についても記載する。

現実との差は必ず残る
摩擦係数は路面状態で変わる。実機には部品公差も、たわみも、摩耗もある。シミュレーションの数値をそのまま現場の保証値にはできない。傾向と当たりをつけるものであって、最終確認は実機で行うべきだ。
モデル化しきれない要素がある
今回も、積載物はフォーク上に摩擦で載せた剛体として扱った。実際の荷は形も重心もばらつく。荷崩れの再現は別の作業になる。
物理エンジン固有の癖もある
たとえば、重い荷物を軽い車輪が支える構成では、質量比が大きすぎると計算が収束せず、摩擦は足りているのに車輪だけが空転する、という現象が起きた。これは実機では起きない、計算上の問題だ。こうした癖を知らずに数値を信じると、判断を誤る。

以上を踏まえ、シミュレーション単独で結論を出さず、実機検証の前段として位置づけて運用することが妥当であると考える。

07 — Service

検証の場を用意するところから、お手伝いできます。

01 · Digital Twin
施設をデジタルツイン化する

現場を3Dスキャンし、実寸のまま仮想環境に取り込みます。図面がなくても構いません。

02 · Safety
危険な条件を、安全に検証する

坂、重量物、急停止、連結部の負荷。実機では繰り返せない検証を、条件を変えながら回せます。

03 · Design
設計値の当たりをつける

「何kgの車体が要るか」「何度まで登れるか」「どの条件で危険側に入るか」。試作の前に、絞り込むための材料をお出しします。

04 · Feasibility
実現可能性を判断する

そもそも成立する構想なのか。どこに無理があるのか。実機を作る前に、判断材料を用意できます。

08 — Next

次に確かめること。

Stage 01
牽引の基本性能(完了)
直線での登坂・降坂。連結部の高さ、必要自重、モーター仕様、路面条件。
Stage 02
動的な挙動(現在地)
旋回しながらの牽引。急停止。カーブで台車がどこを通るか。連結部にかかる繰り返し荷重。
Stage 03
自律化とSim-to-Real
経路計画と組み合わせ、狙った動線を牽引状態で走らせる。実機に落とし込み、シミュレーションとのズレを測る。

Stage 03 における実機との差分測定を重視している。乖離の要因を把握できれば、以降のシミュレーション精度の向上につながる。

09 — Environment

使用環境。

  • NVIDIA Isaac Sim 6.0.1(PhysX 5 / TGSソルバー)
  • 物理演算 60Hz、ソルバー反復 位置32 / 速度8
  • 環境モデル:3Dスキャンで取得した実空間
  • AGV・ハンドリフトは USD Physics スキーマで構築(剛体+ジョイント)

ハンドリフトは市販2t標準型の公開仕様にもとづく。操舵輪は製品写真で確認した中央1輪のダブルタイヤ構成を再現した。

関連ページ: NVIDIA Isaac Sim × Noruno — シミュレーション開発の取り組み

その「分からない」を、現場に出す前に。

搬送を自動化したい工程がある。しかし、検証のための実機も環境も、現時点では用意できない。
その段階からご相談いただけます。仮想空間で確認できる範囲は、想定されているより広いと考えます。

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